スピネルという宝石をご存じですか
喜連川宝石研究所 所長 喜連川純氏著

◆ 宝石の資質をすべてもつ、かくれたすぐれものスピネル ◆
どんな世界にでも、いま目立って活躍している人たちよりも、実力知識とも、ずっとまさっている達人がいるものです。
ただ、こういう時代ですから、過剰なマスコミ情報にどうして影響され、うまくその波に
のると、いまのタレントのように、実力以上の評価をうけ、知名度先行で、たちまちその力があるかのような人気者ができあがってしまいます。
宝石の世界でも、プロの眼からみると美しさ、耐久性、希少価値どれをとっても他の宝石よりずっと格上なのに、あまり宝石店でみかけることも、話題にのぼることもない、地味な存在の宝石がいくつかあります。
そのすぐれた資質をもつ宝石のひとつが、本題の「スピネル・spinel」です。
なかでもピンク・スピネルの品のいい美しさは格別で、そのキャンデーみたいな愛らしさは、思わず食べてしまいたくなるほどです。
それでは、そのスピネルのすぐれた宝石としての特性をご紹介してみましょう。
色=ときにルビーとまちがうような赤。サファイアそっくりの青のスピネルがあります。
そのほか、さきほどのピンクあり、オレンジ、褐色、ミドリ、赤紫、紫ありでカラーバラエティも豊富ですし、さらに光源によって色が変化するアレキサンドライトのようなスピネルや、石は半透明ですが、スターがでるものもあります。
硬度=八
これは、ルビーサファイアの九、アレキサンドライトの八・五についで硬く、キズがつきにくいということです。
耐久性=硬さのわりにややもろさはありますが、それは他の宝石でもあることですし、ぶつけないかぎり、さして問題はありません。
薬品にも強く、色の褐色性も心配ありません。
希少性=スピネルの産地はミャンマー。スリランカが有名で、なかでもミャンマーの赤系の
スピネルは逸品といえるものがあります。
その他の産地としてはパキスタン、フランス、イタリア、ロシア、フィンランド、カナダ、
アメリカ、タイランド、オーストラリアと世界各地でけっこうとれております。
しかし、人間でもキラっと光る物質が少ないように、スピネルも、品質美しさともすぐれている色の石はほんのひとにぎりしかありません。
むしろ、宝石質としてはどうかと思うもののほうが多いぐらいです。
これはひとりスピネルだけでなく、他の宝石にもいえることですが。
さて、宝石の本当の価値を知悉(ちしつ)している方なら、とうぜん赤系、それもピンクのスピネルをねらうことでしょう。
なぜなら、青系のスピネルの着色物質はどうしても色みが暗くなりがちな第一鉄であるのに
たいし、赤系のスピネルは、あのルビーとおなじクロムで着色されているからです。
ということは、とうぜん紫外線にも対応し、太陽の光りの下で華やかに蛍光色をはなって、美しく、大きく見えるということになります。
つぎにピンクをねらうということは、ルビーのように真っ赤なものは、とうぜん希少性もお値段もたかく、それよりは見ているだけで楽しくなってくる、テリ(きらめき・シンチレーション)ゆたかなピンク・スピネルの方が「宝石を着けている」という実感を幸せをより感じることができるからです。
宝石は、宿命として、おなじ色つき透明石なら、色の濃いものはテリが少なくなり、色の濃いものはテリが少なくなり、色の薄いものははんたいに光の反射につよくなって、色の薄い分だけ魅力的なキラメキがでてくるものなのです。これが真っ赤な赤より、ピンクをねらうという理由です。
そして、なんといっても嬉しいことに、一般にしられていない実力派的存在の宝石ですので、宝石店でみつける楽しさもあり、あっても、いま人気のタレントみたいな宝石でないのがさいわいして、その資質から見てびっくりするような格安のお値段で手に入れることができるのです。
ただ、くれぐれも注意しないといけないことは、過去、天然宝石がいまのようにどこででも
ゆたかに見られなかったころ、いろいろな宝石の代用品として、合成スピネルがさかんに各国でつくられ、宝石店に飾られていた時代があったということです。
わがくにとてそれは例外ではありませんでした。あの東京オリンピック(昭和三十九年)頃までの宝石店の宝石はほとんど合成ルビー、合成サファイア、それに合成スピネルでしめられ、天延誕生石の代用品としてうられていたのです。
ですから天然のスピネルをお買い求めにあんるのでしたら、かならずきちんとした天然石であるという鑑別書がついているものをお求めになってください。
とくに海外では合成石をつかまされる危険が大きいのでご注意ください。
さいごに、なぜこんなにも素晴らしい天然スピネルが日の目を見ないでいるのか、その理由にちょっとふれてみましょう。
スピネルは有史以前からルビー、サファイアといっしょにおなじ産地で掘られており、そのころは宝石の鑑別技術まったくなかったので、青ならサファイア、赤いものはルビーといったぐあいにおおまかに分けられていたのです。
いろいろな宝石の本に、よくエピソードとして書かれているのが現在ロンドン塔でみることのできる「黒太子のルビー」です。
ルビーとは書かれていますが、じつは宝石の鑑別ができる時代となってからしらべた結果、この石はスピネルであることが分かりました。それではと、やはり英王室所有の「ティムールのルビー」を鑑別したところ、これまた同じくスピネル。王室の女王はルビーと考え、これらの宝石もとうぜんルビーと信じこんでいた当事者たちのショックはいかばかりだったことでしょう。
ルビーより硬度、知名度の低いスピネルという結果は、ほんとうは高級な宝石にもかかわらず、ルビーよりおちる宝石だったという強い印象だけをあたえてしまったようです。
それだけでなく、鑑別業界のかっこうのエピソードにされ、内外の本にこう書かれていました。
その後、いろいろな色の合成スピネルをつくることができるということで、天然石の代用石として一般もろくに流通し、さらに、その時代もながくつづき、スピネル、イコール合成宝石というイメージがすっかり定着してしまったのです。
いまでは、色は別として、同等の美しさというラインで、スピネルより数等格が下のトルマリンと比べて見ましても、トルマリンの方がむしろ価格も需要も上になってしまっているという逆の現象さえでてきています。
これでは、実力派宝石、真に美しい宝石の資質をもっている天然スピネルがあまりにもかわいそう、。
そう思うのは私だけでしょうか。
落語の小遊三師匠なら、こういうかもしれません。「あのぅ、これならいしょのはなし、ここだけのはなしあるね。手に入れるならいまのうちよ!」と。