クリソベリルとキャッツ・アイ
喜連川宝石研究所 所長 喜連川純氏著

◆ クリソベリルと親子丼 ◆
初夏のある日、ちょうどじぶんどきだったので、南青山にあるおそばやさんに昼食をたべに入りました。
赤いひげをはやした外人(どうもアメリカの方みたいでした)さんの前の席があいていたので、かるく会釈をしてすわりました。
びっくりしたのはその直後です。
「すみません。上の親子丼をひとつください!」とその赤ひげの紳士がりゅうちょうな
日本語で注文したのです。
さらにおどろいたのは、その外人さんは左ききのうえ、いまどきの日本人より上手にお箸を使っていたことです。
このころは日本人のほうが言葉あみだれ、おはなしもきちんと使えない人が多くなってきているのに「ご立派!」とわたしは心のなかで拍手をしてしまいました。
さて、今日おはなししたいのは、もちろんこの外国紳士のことではありません。
おそばやさんでつくっている親子丼のほうです。
ご承知のように、親子丼の素材はごはんと鶏肉と玉子だので、とうぜん鶏肉だけの丼も玉子丼もこのお店でつくることができます。
そこで、かりにベリリウムをご飯、アルミニウムを鶏肉、シリカを玉子として、それらの材料で鉱物ができたとしますと、エメラルドなどの鉱物名であるベリルという親子丼ができあがるわけですが、親子丼から、シリカ(玉子)がぬけてしまうと、こんどは鶏肉丼というクリソベリル鉱物になってしまいます。
エメラルトはベリル鉱であり、アレキサンドライトが発見されてたということは、親子丼の
お店でとり肉の丼もつくれるようなものなのです。
とはいっても、鳥だけの丼ものを、あまりふつうのお店でみかけることがないように、現実には、いつもエメラルド鉱山でアレキサンドライトが産出するわけではありません。
そうそう、そういった関係で、たまに、合成エメラルドのなかに、ベリリウム(ご飯)とシリカ(玉子)だけでできた、いわば玉子丼にあたるフェナカイトの結晶内放物をみつけることがあります。
これは鶏肉(アルミニウム)がぬけたためにできた結晶ということがいえます。
とうぜん、フェナカイトの産出もありますが、あまり宝石として使われてはいません。
ちょっと、ややこしいおはなしでしたが、ベリル鉱とクリソベリルそれにフェナカイト鉱の
関係がお分かりいただけたでしょうか。
◆ フランス人が大好きなクリソベリル ◆
「センセ、これ、まえに銀座の宝石店で見てもらったとき、すっごくいいダイヤだとほめられたのですが、いまいくらぐらいしているでしょうか・・・?」。
高知でユーザー対象の宝石教室をしていたときのことです。
その宝石は黄色で、直径八ミリもあろうかと思われる、ダイヤとしては大粒なものでした。
銀座うんぬんは別として、その宝石はルーペで見るまでもなく、ダイヤでないことがすぐ分かりましたが、念のため、屈折計で測った結果、その当時としては珍しいクリソベリルで
あることが分かりました。
でも、その方はあたまからダイヤと思い込まれていますし、いきなり「これはダイヤでは
ありません。」というのも、まわりの方たちの手前もどうかと考え、はなしを横道のほうからもっていくことにしました。
「そういえば、フランスの方たちは金が大好き人間で、そのため真珠はクリーム・ピンクがこのまれ、宝石でも金色を想像するのでしょうか、やはり黄色のクリソベリルという宝石に
人気が集まっております。この宝石がその人気のクリソベリルでしてーーー」
「えっダイヤではないのですか?」
「はい、でもがっかりしないで下さい。
金のことをギリシャ語でクリソスといいますが、クリソベリルという名前もそこからきています。
日本の名でも金緑石といって、この色のほかに緑色の石もあります。硬さも八・五でダイヤ、ルビー、サファイアについで硬く、美しく気品があるだけでなく、たいへん丈夫な宝石あのです。それに、ひかりによって色が変化するアレキサンドライト、みなさんがキャッツ・アイというとすぐ思いうかべる宝石もみなこのクリソベリルなのです。
そういった由緒(ゆいしょ)正しい宝石ですからこれかもぜひ大切におもちくださいね。」
まわりのお客さまもホゥとうなずき、ご本人のお顔もなごんでこられて、わたしもホッとしたしだいです。
◆ キャッツ・アイという宝石はありません。 ◆
いっぱんにキャッツ・アイというと、さきほどのクリソベリル・キャッツ・アイをさしますが、猫の眼が出る宝石はエメラルド、アクアマリン、トルマリン、アパタイト、クォーツ(水晶)などなどいっぱいあるため、われわれ宝石の仕事にたずさわっているものは、かならず、○○キャッツ・アイ、○×キャッツ・アイと宝石名のあたまにつけてよんでおります。
しかし、キャッツ・アイの王様は、その品位、美しさ、耐久性、希少価値とどこからみても
クリソベリルといえましょう。
なかでも、めったに見ることができないボディ・カラーが透明で蜂蜜色、しれに眼の色がシャープで金色(金眼といいます)のものはこれこそ地球がつくった芸術作品と見ほれてしまうほどです。
また、おなじクリソベリルですので、光源によって眼の色が変わるアレキサンドライト・キャッツ・アイという超希少石もあります。
この眼は結晶のなかに、肉眼では見えませんが、無数に平行にできた透明で細いストローみたいな包有物によってでてくるものです。このような猫眼のことを、専門的には、ちょっと気取ってフランス語でシャトヤンシーといいます。
ほんものの猫は、明るいところでは、瞳孔(どうこう)が縦のスリット状になりますが、宝石のほうは、横にスーッと眼がでてきます。
もっとも、本物の猫ちゃんのほうは可愛いいにはちがいないのですが、犬と違って不気味な面ももっていますから、多少デフォルメされているほうがよろしいでしょう。
そういえば、デフォルメ芸術の傑作であるミュージカルの「キャッツ」はいいですねぇ。
わたしは、なかでもメモリーが大好きな曲なので、エレクトーンのレパートリーのひとつにしていますが、みなさまも、猫眼石のゆびわをながめながらキャッツの名曲を聞かれてはいかがでしょう。
きっとゴージャスな気分になれるのではないでしょうか。