化石の宝石「琥珀」
喜連川宝石研究所 所長 喜連川純氏著

◆ 数万年前のDNAを秘めた琥珀 ◆
一九九七年三月七日、英オックスフォード大学分子医学研究所のブライアント・サイクス博士が、頭がい骨や歯に残っていた遺伝子(ミトコンドリアDNA)から、イングランド南西部の先祖が確認されたと発表し、世界中の人達をアッといわせました。
この頭がい骨は、その男性の住んでいる町チェターの近所にある洞窟から、一九〇三年に完全な形で発見された石器時代のもので「チェダーマン」とよばれていたものです。
博士は頭がい骨の歯髄からDNAを採取し、その町に何世代にもわたって住んでいる二十人のDNAが、高校の歴史教師エイドリアン・ターゲット(42)さんのものと一致し、チェダーマンが、じつに、九千年前の遠い親類ということが分かったということです。
ターゲットさんの驚きもさることながら、奥さんのキャサリンさんも興奮しながら「これで、主人がステーキをレアで食べる理由がわかったわ」となっとくしたとか。
このところ、生命の設計図ともいうべきDNA(遺伝子の本体)がよく話題となり、マスコミの取り上げられることがおおくなってきました。
捜査のためのDNA鑑定。クローン羊。遺伝子の組みかえ食品。遺伝子治療。遺伝子診断。遺伝子による予防医療などなど。
一般の方たちがDNAに関心をもちはじめたのは、なんといってもジェラシック・パークや
ロストワールド、パラサイト・イブなどの映画や小説がきっかけではないでしょうか。
ジェラシック・パークでは、ドミニカ産の琥珀に入っていた蚊の体内から、恐竜の血液に含まれているDNAを採取、そのDNAをもとに増幅増殖を繰り返し、ついには実物の恐竜を再生、放し飼いにしたあげく、その恐竜たちにおそわれるというストーリーでした。
再生はむりにしても、わが国でも、三千万年前の琥珀に閉じ込められたハエの一種からDNAを抽出することに成功(一九九三年、弘前大学城田安幸教授)。現在種と比較することで、遺伝子の進化の過程を知る大きな手掛かりを得ております。
これは、DNA抽出では日本初、DNAの中で生物の形を決める役割のホメオボックスの抽出では世界初という輝かしい実績でもありました。
◆ 琥珀のロマン ◆
「人は死して名をとどめ、虎は死して皮をとどむ」とことわざにありますが、中国ではそれよりも、虎は勇猛果敢な動物として、自分もそうありたいという憧憬(どうけい)の念が強く、死んだあとも魂は石になり、それが「虎魄(こはくの古い漢字)」なったものと思われていました。
一方、古代ギリシャではその色からエレクトロン(太陽の石)とよばれ、のちに、つよく擦ると静電気をおびるところから、レクトトリスィティ(電気)の語源になりました。
わたいなどは、琥珀色といえば、すぐ、ウイスキーを思い浮かべてしまうのですがーー。
また、琥珀は燃やすと松ヤニを焼いたような、鼻にツーンとくる匂いがします。
これは琥珀がもともと松柏植物の樹脂が化石になったためで、戦前は鳩居堂の線香にも岩手県久慈あたりの琥珀を、においの味の素として使っていたようです。
さて、琥珀はいつごろできたのでしょう。
いままで見つかったものとしては、レバノンで約一億四千万年(ジュラ紀末から前期白亜紀)前のものがもっと古いのですが、わが国でもそれに負けない一億一千万年前のものが、しかもハチ入りで銚子の犬吠埼海岸から昭和六十三年にみつかております。
さきほど久慈の琥珀も、世界の琥珀からみると古く、やはり銚子とおなじ白亜紀のものです。
しかし、宝石としての質の良さから見てみますと、なんといってもバルト海沿岸の琥珀が
いちばんといえるでしょう。琥珀は、色も茶色も過ぎず、さりとてウイスキーの水割りみたいにうすくもなく、透明度もばつぐんで、キラキラとテリがよく、包有物も少ないものを良しとします。
グリッダー(きらめき)といわれる、琥珀の内部で円盤状に光る葉っぱみたいな模様も、適度にたのしめるぐらいの数なら変化があってよろしいでしょう。
また、宝石のコレクターなら。虫入り琥珀も、じっさいに何千万年前の虫を手にしてその時代に思いをはせ、地球のロマンにひたることができますので、べつのたのしさがあると思うのです。
それこそ、ジュラシック・パークみたいに、ドミニカ産の琥珀(約三千年前)なら、わりと薬に手に入り、その願いがかなうことができます。
わたしも、中国の撫順炭鉱で採れた、蟻入り琥珀をもっております。
撫順の石炭は、バルド琥珀とおなじ年代の。
約四千万年前三紀漸新世(ぜんしんぜい)の地層から生れ、その時代の木は石炭に、ヤニのほうは琥珀に変じ、そのため、ときおり琥珀が石炭にくっついて産出されます。
つまり、わたしの琥珀は、四千万年前の蟻がアリのままのすがたで入っている、ちょっと落語みたいな宝物というわけです。
わたしは、この炭鉱の近くで奉天で生まれ、撫順にはよく遠足などで行きました。
ここの石炭は、うるしのかたまりみたいに真っ黒で、つやつやした見事な瀝青炭(れきせいたん)です。
いつも思うのですが、自然は配色の大先生。琥珀が黒の洋服によく合うのもうなずけますね。
とうぜん満州にいた頃は、この石炭をストーブの燃料として使っておりました。
◆ ジェットという宝石をご存知ですか? ◆
ジェットはローマ時代からヨーロッパでさかんに使われていた真っ黒な宝石で、別名ガゲートともいわれ代表的な産地はイギリスのホイットビーです。英国を、帽子をかぶって座っている人の形に見立てますと、ちょうど背中あたりにその町はあります。
ジェットは、もともと褐炭の一種なのでブラック・アンバー(黒琥珀・スタンチェナイト)とまちがってよばれることもあります。
石炭そのものである瀝青炭(れきせいたん)は、割れた面が平らですが、ジェットはビールびんの口が割れたときみたいに貝殻状になり、その違いははっきりしております。
硬さは、琥珀、ジェットとも爪とおなじ二・五ですので、歯みがき粉(硬度三)で磨いては
いけません。から拭きがいちばんです。
このほかの話題の琥珀としては、紫外線でブルーに光るドミニカ産のブルー・アンバーがあります。
そうそう、ニュージーランドの琥珀はコーパルといって樹脂にはちがいありませんが、琥珀と違って年代も価値も低く、旅のおみやげ程度のものと思ってください。